航空会社ごとのニュース

 メインメニュー

広告



サウスウエスト航空

2007年2月15日

サウスウエスト、値上げ

サウスウエスト航空は距離に応じて航空運賃を値上げする。 最大で片道10ドルの値上げとなる。

2005年9月18日

サウスウエスト、ニューオリンズ線再開

サウスウエスト航空は来週の火曜日からニューオリンズ線を再開する。 路線はヒューストン線のみで毎日2往復。 ハリケーンによる災害前はサウスウエストは出発便だけで16都市54便を運行していた。

2005年9月17日

サウスウエスト、拡大急速化か?

デルタ航空とノースウエスト航空が相次いで破産法を適用したが格安航空会社のサウスウエスト航空はこの機会を利用し拡大を急速化させる可能性があることを明らかにした。サウスウエストはUSエアウェイズが破産申請した際にハブだったピッツバーグ空港の発着数を大幅に拡大した経緯がある。

2005年8月11日

サウスウエスト機の事件で男逮捕

サウスウエスト機に爆弾を仕掛けたという紙切れを残したとして男が逮捕された。 この容疑者はテキサス州の20歳の男で紙切れが見つかった便の前のオデサ−ダラス便に搭乗していた。

2005年8月6日

サウスウエスト機、爆弾騒ぎ

サウスウエスト航空のダラス発ヒューストン行きの21便(737、乗客乗員141人)内で爆弾を仕掛けたというメモが見つかったためヒューストンに着陸後空港の隔離された場所に移動された。 機内が捜索されたが爆弾は発見されなかった。

2004年1月10日

サウスウエスト機、引き返す

サウスウエスト航空のシカゴ発フェニックス行きの1038便に爆弾を仕掛けたという通報があったため同機は離陸後15分でシカゴ・ミッドウェイ空港へ引き返した。 同機は無事着陸したが乗客らは再検査を受け機内も捜索されたが爆弾は発見されなかった。

2003年5月27日

サウスウエスト機、滑走路逸脱

ラスベガス発テキサス行きのサウスウエスト航空の航空機が離陸直後に強風により横に押され滑走路を逸脱した。 しかしすぐにパイロットが滑走路へと機体を戻したため重大事故にはならなかったが車輪が破損したため乗客63人はバスによりターミナルへ向かった。 滑走路は照明灯が破損したため長い間閉鎖された。

2003年4月26日

サウスウエスト、ズボンを脱いだパイロット解雇

アメリカのサウスウエスト航空はコックピット内でズボンを脱いだパイロットを解雇した。 報告によるとこのパイロットはズボンにコーヒーをこぼしズボンを脱いだ様で客室乗務員がズボンをはいていないところを目撃したため。新聞は解雇は行き過ぎた行為とコメントしている。

2003年4月22日

サウスウエスト、48回連続利益

アメリカの格安航空会社のサウスウエスト航空は3月までの3ヶ月の経営収支を明らかにしたが2400万米ドルの黒字となった。 これは去年の2140万米ドルと比較して14.3パーセント増。 これによりサウスウエストは3ヵ月ごとの収益が48回連続で黒字となった。 赤字は1991年の3月までの3ヶ月だった。

2002年10月18日

サウスウエスト、利益

サウスエスト航空は7月から9月までの3ヶ月の経営収支を明らかにしたが収益が7490万米ドルとなり去年と同じ時期の半分となった。 テロの影響を受けているにもかかわらずの黒字だが第4期(10月から12月)はわからないという。 サウスウエストは予定通り737を今年23機、来年17機受け取る予定。 

2002年6月21日

サウスウエスト、肥満の人は航空券2枚

アメリカの格安航空会社のサウスウエスト航空は肥満で通常の座席に座ることができない人は万席次航空券を2枚買わなくてはいけないというポリシーを明らかにした。 この決断はこの問題に関して苦情を手紙で送った90パーセントの乗客が肥満の人の隣に座らなくてはいけなかったとコメントしたためで会社はもし2席必要ならその座席分も支払う必要があるとしている。 またもし満席でない場合は2枚目の航空券の払い戻しを受けられるという。 サウスウエストの座席は幅48センチ。

2002年1月9日

サウスウエスト機で乗客暴れる

サウスウエスト航空のロサンゼルス発ラスベガス行きの1702便で航空機がゲートを離れた頃に酔った男性が後部ドアをあけようとした。 このため客室乗務員が阻止しようとしたがこの男性はこの乗務員の頭を殴り怪我を負わせドアをあけることに成功した。 しかし他の乗客により取り押さえられ後に逮捕された。 乗務員以外にけが人などはなくこの便は2時間後に離陸した。

2001年11月4日

SWのコンコースで避難

サウスウエスト航空のバルティモア国際空港で女性が警備体制をテストしようとした。 このためコンコースは3時間に渡り閉鎖された。  この女性は警備体制の甘さを伝えるためにこの行動に出たというが逮捕されたという。 アメリカではテロ以来このような行動がいくつかあり警備の甘さが露呈している。

2001年3月20日

サウスウエストのCEO辞職

アメリカの格安航空会社サウスウエスト航空の創設者でもあり最高経営責任者のハーブ・ケラハー氏が最高経営者の座を譲ることを決めた。 後継者は1986年からサウスウエスト航空で働いているジェームス・パーカー氏で副会長の座にも就く。 会社の創立30周年記念日の翌日の6月19日から。 もうすぐ70歳になるケラハー氏は1999年にガンになっている事が判明し後継者を探していた。 ケラハー氏はこれからも2003年まで契約があり経営に関わっていく。 またコリン・バレット氏が社長となる。 サウスウエストはアメリカの格安航空会社の先駆けとして設立され機体の統一などでコストを削減してきた。 現在737を300機以上保有している。 ケラハー氏の経営方法は世界の格安航空会社の見本となった。

スペシャルコラム、サウスウエスト航空の歴史と経営戦略はここで。

2001年3月4日

サウスウエスト、緊急着陸

サウスウエスト航空のフェニックス・スカイハーバー国際空港発サン・アントニオ行きの838便(乗客70人)の737の機内後部で離陸直後に煙が発生したため同機はフェニックスに戻った。 乗客と乗員は緊急脱出シュートを使用して機内から出た。 怪我人はなかった。

2001年1月24日

サウスウエスト、サンフランシスコから撤退

アメリカの格安航空会社のサウスウエスト航空は来月から利益のないサンフランシスコ線を近郊のオークランドやサクラメントなどへ移行する。 サンフランシスコからは毎日14便が運行していた。 利益が上がらない原因としてはサンフランシスコ空港の混雑により遅延などが多かったためとしている。

2000年6月30日

サウスウエスト航空、737を290機購入

アメリカの格安航空会社の筆頭であるサウスウエスト航空が737を最大290機購入すると発表した。 引き渡しは2002年から始る予定で最後の機体が引き渡されるまで12年はかかるという。

2000年5月30日

飛行機から落下物

サウスウエスト航空の1410便(乗客乗員110人、737型機)がサクラメント空港を離陸した際に何かが飛行機から落下したらしい。 詳しいことは分かっていないがこの便が離陸したころに管制官に地上にいた人が飛行機から何かが落下するのを見たという報告があった。 同機は目的地のバーバンク空港の上空を旋回、管制官が何か問題がないか確認したが外部に損傷などはなく、パイロットからもトラブルの報告がないことから着陸させた。 同機は無事着陸した。

2000年3月8日

サウスウエスト航空、事故は会社設立以来最悪

バーバンク空港で滑走路を越え一般道路で止った事故があったがサウスウエスト航空はこの事故を会社設立以来最悪の事故とした。 調査によると機体には問題はなく先週の火曜日にメンテナンスチェックを受けなにも問題は発見されなかった。 サウスウエスト航空の最高経営責任者ハーブ・ケラハー氏は‘事故のことを最初に聞いたときはとても心配したが、乗客や乗員の怪我が軽いことを聞いて安心した。 サウスウエスト航空は今まで重大事故を起こしたことがなく、安全はなによりも重要なことである。’と述べた。 サウスウエスト航空は現在アメリカ第5のエアラインで国内線だけに参入している。 機体は300機近く保有し格安航空会社として成功した。 色々な賞を受賞している。 設立は1971年。

2000年3月6日

サウスウエスト航空機事故の続報

サウスウエスト航空の1455便が滑走路をオーバーランした事故で当時滑走路は長期にわたった雨で濡れていたという。 警察によると同機は規定速度を超えて着陸、止れなくなったという。 ただ事故調査委員会は原因はまだ不明とコメントしている。 事故に巻き込まれたグリックマン夫妻はCNNの取材に対しこのまま死んでしまうと思ったと答えた。 また周辺はパニック状態で、飛行機が爆発するのではないかと騒いでいたという。 バーバンク空港はロサンゼルス市街から25キロほどのところにある空港。

サウスウエスト航空機、滑走路をオーバーラン

5日午後6時(アメリカ西部時間)ごろ、ラスベガス発の乗員乗客142人を乗せたサウスウエスト航空の1455便(737-300 N668SW)が米ロサンゼルス郊外のバーバンク空港に着陸した際、滑走路上で止ることができずに空港を囲む柵を突き破り車に接触して一般道路で止まった。 地元消防局によると機体はガソリンスタンドからわずか30メートルのところで止ったという。 機体の前輪が柵を超えた際に壊れた。 パイロットと乗客2人が病院に運ばれたが、軽い怪我だという。 車の中にいた夫婦は怪我もなく助けられたがショックが止まらなかったという。

トップへ

前のページにもどる

広告