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フランスの空港

2003年1月5日

パリ、雪で空港閉鎖

昨日パリに雪が降りパリ・シャルル・ドゴール国際空港では離発着が一時中止した。 またオルリー国際空港でも離着陸数が大幅に削減されドゴール行きの便はパリ郊外の空港へダイバートした。

2002年5月13日

パリの新空港、再考

フランスの新政府はパリの第3の空港が第一次世界大戦の戦没者が埋葬されている場所に建設する案を考え直すことを決めた。 理由としてはパリ中心部から130キロ離れた小さな町に空港を造る利点があるのか疑問だということで白紙に戻すという。 しかし現在のシャルル・ド・ゴール国際空港とオーリー国際空港だけではあと数年で利用限度に達するため新空港は必要。 建設予定現場にはイギリス、オーストラリアなどの戦没者3万人が埋葬されている。 

2002年2月9日

フランス・オルリーの発着枠問題

フランスの第2のオルリー空港の発着枠の配分で問題がおきている。 これにはオルレーをハブとしていたエアリベルテの破産保護の条件として発着枠7万5000のうち2万を空港側に返すこととなったのだが1万2000しか返していないという。 またこの発着枠に対してイージージェット、バージンエクスプレス、ライアンエアーなどが利用申請していたがエアリベルテのスイスの子会社にオルリーからジェノバまたはチューリッヒへの路線を毎日3便就航することを認めたという。 このような決断に対しイージージェットはエアリベルテは経営困難に陥った航空会社で膨大なスロットをすべて利用できるはずがなくこれは明らかな反自由競争で時刻の航空会社の保護でしかないとした。 また発着枠の返却は裁判所からの命令でこれに従わないのはおかしいともした。

2001年12月25日

ヨーロッパで警備強化

アメリカン航空機に爆発物を持ち込んだ事件が起きて以来ヨーロッパの空港の警備が強化されている。 パリ・シャルル・ド・ゴール国際空港では警備員が増加され爆発物探知犬も増加された。 スイスのチューリッヒではアメリカ線に登場する乗客全員が靴を脱いで靴のX線検査を受けるように指示されている。

2001年12月2日

フランスで空港建設反対

フランスに2020年に完成する予定の第3空港が第一次世界大戦の元戦場であり墓地がある場所に建設されることになりイギリスの戦争経験者や環境保護グループら5000人がデモ行進を行った。 この空港建設に対し環境保護団体はこの地域の豊かな土地を破壊するものだとしている。 パリにはシャルル・ドゴールとオリー国際空港があるが両方とも収容可能数が限界に達しており空港建設が必要だった。

2000年9月3日

滑走路の検査中止されていた

113人が死亡したエールフランスのコンコルドの事故で通常行われている滑走路の検査が防火訓練のため中止されていたという。 コンコルドは4時43分に離陸し検査は午後3時に行われる予定だった。 滑走路は12時間以上点検されていなかったという。 しかしこの検査の延期が直接事故につながったという確証はない。 タイヤの破裂の原因となった43センチの金属片が見つけられたとはかぎらないからだという。

2000年5月26日

パリ・ドゴールで旅客機が貨物機と衝突

パリのシャルル・ドゴール国際空港でイギリスのストリームライン・アビエーションが所有するShorts330型機とエールリベルテのMD80型機が午前3時ごろ滑走路上で衝突しShorts330の副操縦士が死亡、操縦士はパリ市内の病院に運ばれた。 操縦士の怪我は軽い模様。 エールリベルテはヨーロッパカップの決勝戦を観戦したスペインのサッカーのサポーター150人を乗せてマドリッドに行く予定だった。 Shorts330は郵便貨物を運ぶ定期便だった。 イギリスの事故調査委員会はエールリベルテの主翼がコックピットを直撃したらしいとコメントした。

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