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アメリカの空港

2006年9月27日

アメリカ、機内への液体持ち込み緩和

アメリカは液体を機内に持ち込むことを禁止していたが、この規制を緩和した。 空港内セキュリティエリアで購入した物については持込ができるようになった。 またハンドクリームなども容量に制限はあるものの、検査を受ければ持ち込めるという。

2006年8月17日

ロス到着便で、緊急避難

グアダラハラ(メキシコ)発ロサンゼルス行きのアラスカ航空281便の機内で、乗客のものではない荷物が発見された。 このため同機は着陸後、隔離された場所に止まり乗客が避難した。

2006年8月8日

ロサンゼルスで着陸システムに問題

ロサンゼルス国際空港の滑走路一つの自動着陸装置に不具合が発生した。 この影響で1時間着陸の本数を56便から32便に減便して対応した。

2006年7月21日

ロスで管制センターが停電

ロサンゼルスの郊外にある管制センターで停電が起き、ロサンゼルス国際空港の多くの便が運行できなくなった。

2005年9月23日

ハリケーンの影響でフライトキャンセル

ハリケーン・リタが接近しているヒューストンではハブとして利用しているコンチネンタル航空が全便、アメリカン航空とサウスウエスト航空もヒューストン近郊の空港を離発着する全便をキャンセルした。

2005年9月12日

ニューオリンズ空港、復興には5年

ハリケーン・カトリーナで多大な影響を受けたニューオリンズ国際空港が13日に再開するが災害以前の通常運行に戻るには最大5年かかるという。 以前は毎日176便の出発があった。 同空港は収入がないため20万米ドルを失っているという。 運行本数最大のサウスウエスト航空などは早急の運行開始をするとしているがエアカナダなどの国際線を運行する航空会社は国際線の施設が緊急援助に利用されているため運行開始には時間がかかるという。

2004年6月16日

JFKで不審物で避難

ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港の第1ターミナルで不審なかばんが見つかったため800人が避難した。 しかし爆弾などは発見されず約1時間後にターミナルは再開された。

2004年6月12日

太平洋の小航空会社、NZ航空とカンタスに吸収?

オーストラリア政府の大蔵大臣ピーター・コステロ氏はオーストラリアによる太平洋の運輸機関の調査の初期結果を報告したがこの中で太平洋の小さな国々が航空会社を国営化している現状より民営化したりカンタス航空やニュージーランド航空と合併することにより政府は予算を他の資金として使えるという。 このような小さな航空会社では運行費が高く利用者が少ない状態で大幅な赤字運営となっているという。 カンタス航空とニュージーランド航空はこの話について前向きだという。 しかし太平洋の国々では吸収された場合唯一の移動手段の便が利益がないとして中止されてしまうのではないかと危惧している。

シカゴ・オエアの新運営方針

シカゴ最大のオヘア国際空港で離着陸数を増加させる新たな運営方針をアメリカ連邦航空局が明らかにした。 これによると交差する27Lに離陸機を集中させ14Rに着陸機を集中させるという。 こうすることで1時間で発着枠を楽に10以上増やせるという。 2つの滑走路は同時に利用されるため14Rに航空機が着陸している場合でも交差する27Lから離陸できるという。

2004年3月1日

マウイ空港に車侵入し放火

ハワイのマウイ空港のロビーに男が車で進入した。 その後この男は車に火をつけ数時間に渡り出発便が運行停止となった。 この男性は警察に逮捕され事情聴取が行われている。 けが人などはなかった。

2004年1月29日

雪でニューヨーク混乱

ニューヨークは水曜日に大雪に見舞われた。 この結果ニューヨークの3大空港で大幅なキャンセルが出た。 ケネディ空港では105便、ラガーディアでは340便がキャンセルされ、隣接するニューアーク空港では430便がキャンセルされる事態となった。

2004年1月26日

スタンガン所持の乗客、セキュリティ通過

ニューヨーク発デンバー行き(デトロイト経由)に搭乗していた女性がニューヨーク・ラガーディア空港のセキュリティをスタンガンとナイフを所持したまま通過した。 この女性は経由地のデトロイトでスタンガンとナイフを所持していることに気がつきこの女性は警察に連行された。 女性は事情聴取を受けたがすぐに釈放された。

2002年8月22日

マイアミで異臭

マイアミ空港の荷物を検査するところで異臭がしたため空港の一部が3時間に渡り閉鎖された。 43人がのどの痛みなどを訴えたがその場で治療を受けた。 原因はペッパースプレーだった。

2002年7月28日

LAXでまた避難

ロサンゼルス国際空港で男性または女性(性別不明)が警備ポイントを走って通過したためデルタ、アメリカンなどが利用する4ターミナルが閉鎖された。 この人物が逮捕されたかなどはまだ明らかではないがロサンゼルスでは3週間前にはエルアルイスラエル航空のチェックインカウンター前でエジプト人の男性が銃を乱射し2人を殺害した事件がある。 この際この男性は警備員により射殺された。

2002年7月17日

LAX、また避難

ロサンゼルス国際空港で警備員が不審なかばんをX線検査で発見したため1時間に渡りターミナルの一部が閉鎖された。 しかしこのかばんに危険物などはなく不神物と認識したものはジャムの入ったビンだった。 フライトに遅れはなかった。

2002年7月8日

アメリカ、空港警備強化

ロサンゼルス国際空港で男性が銃を乱射し2人が死亡した事故を受けてアメリカではチェックインカウンターなど誰でも出入りができる場所に警察を増員させることを明らかにした。  この事故ではエルアルイスラエル航空が雇用する警備員により男性が射殺されたがもしこれが警備のない航空会社だったら更なる被害が出ていたと指摘された。

2002年7月6日

ガンマンはエジプト人ドライバー

ロサンゼルス国際空港のエルアルイスラエル航空のチェックインカウンターで独立記念日の7月4日に銃を乱射し2人を射殺した後警備員により射殺された男性はロサンゼルスの南部に住むリムジン運転手のエジプト国籍に男性だということが判明した。 連邦捜査局はこの事件はテロとは関係がない模様。 この弾性の免許証から生年月日が7月4日だということも判明している。 連邦捜査局では空港や航空会社に恨みがあったのではないかとして捜査している。 死亡した2人のうち一人はエルアルのカウンターにいた女性でもう一人は友達を見送りに行った男性だった。

2002年7月5日

LAX国際空港で銃撃戦

ロサンゼルス国際空港のエルアルイスラエル航空のカウンター付近で銃を所持した男性が突然発砲をしカウンターにいた従業員一人を射殺4人が怪我をしそのうち一人が後に死亡した。 その後この男性は空港警備員との銃撃戦で射殺された。 この事件がテロと関係しているかなどはまだ明らかでない。

2002年5月29日

ニューオリンズで撃たれた女性死亡

ニューオリンズ国際空港で男性が発砲し2人が怪我をした事件で女性が死亡した。 亡くなった女性はアメリカ国防総省で働いていたという。 この事故で43歳の男性が逮捕され裁判所に出した。 この女性の死亡により新たに殺人罪などが科せられる可能性もあるという。

2002年5月24日

ニューオリンズ空港で発砲事件

アメリカのニューオリンズのルイ・アームストロング国際空港のチケットカウンターで順番待ちをしていた女性が男性により撃たれた。 この男性はさらに弾を銃に詰め込もうとしたがうまくいかず飛び掛ってきた男性により拘束された。 この五個の男性は警察に連行され撃たれた女性は病院に運ばれた。 女性は命に別状はなく安定した状態。 この二人が知り合いだったかなどは明らかではない。

2002年5月4日

クリーブランドでターミナル閉鎖

クリーブランド・ホプキンス国際空港のコンチネンタル航空とノースウエスト航空が利用するコンコースCが一時閉鎖された。 これは爆弾らしきものが機内持込のX線検査で発見されたにもかかわらず乗客が警備を通過してしまったためでこの人物はまだ見つかっていない。 閉鎖は1時間20分にわたった。

2002年4月30日

LAXでターミナル閉鎖

月曜日にロサンゼルス国際空港のターミナル一部が2時間に渡り閉鎖された。 理由はターミナル7の警備員が空港警察に警備違反が起きた可能性があると報告したためだったが結局なにもなかった。

2002年4月24日

NYで5歳の少女が麻薬所持

ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港でコロンビアの5歳の少女の所持していたスーツケースから1キロ以上のヘロインが見つかった。 これは手荷物検査で発見されたものでスーツケースが異常なほど膨らんでいたためだという。 担当当局はだれが子供を麻薬の運び屋として送り込んだかを捜索するという。

2002年4月2日

シカゴで金属探知機作動せず影響

シカゴ・オヘア国際空港のターミナル3で金属探知機で問題が起きたため正確に検査ができず乗客らは再度検査を受けることとなった。ターミナル3はアメリカン航空とデルタ航空が利用している。 

2002年3月27日

アメリカの空港の警備の実情

アメリカの32の空港で去年11月から2月までテロにより禁止されたものを持ち込み警備を通過できるかをチェックするテストが行われたがナイフは70パーセント、偽爆発物が60パーセント、銃も30パーセントの割合で持ち込むことができたという。 平均では48パーセントだった。 この結果についてホワイトハウス報道官は政府が警備を引き受けるという法を指示する結果だとした。 この法では11月19日までに429のすべての空港で政府の警備員を雇用することを義務付けている。 さらに48パーセントの確立でエプロン(航空機が駐機する場所)や航空機に隠れて乗り込むことができたという。 

2002年3月24日

トロントで異臭

金曜日の夜トロント国際空港の第1ターミナルのトイレ付近で異臭がしたため空港の一部が閉鎖され到着便はゲート変更を余儀なくされた。 原因の調査に2時間かかり大きな影響が出た。 一部メディアでは催涙ガスではないかといううわさも流れているが空港当局は否定しており具体的な調査が終わるまでコメントできないとした。

2002年3月18日

LAXでまた避難

ロサンゼルス国際空港でターミナル1で放置されたかばんが見つかり乗客らは避難した。 このためターミナルは2時間閉鎖されターミナル1を主に利用しているサウスウエスト航空の便に遅れが出た。 結局かばんには爆弾などは何もないことが判明した。 ロサンゼルスタイムズによるとロサンゼルス国際空港では9月から2月28日までに41回乗客らが避難する羽目になっている。 このため運輸省では警備のゾーンをいくつかにわけターミナルの大きな範囲の乗客らを避難をしなくてもいいように改善するように忠告した。 

2002年3月9日

LAXでまた避難

ロサンゼルス国際空港のターミナル3でX線検査を行っていた検査院が不審な物がかばんに入っているのに気がつきターミナルは閉鎖された。 しかしかばんの中を検査したところこれは食品加工機だったことが判明した。 この1時間前にはヴァリグブラジル航空の8836便リオデジャネイロ発ロサンゼルス行きのMD11に爆弾を仕掛けたという電話があり同機は着陸後施設から離れた場所に駐機され乗客が避難した。 爆弾処理班が捜索をしたが爆弾は発見されなかった。

2002年3月5日

LA空港で避難

ロサンゼルス国際空港で朝ある男性が爆発の可能性のない手榴弾を持ち込もうとし逮捕された。 このため朝のラッシュで混みあっていた空港のターミナルは閉鎖され多くの乗客が避難をし爆弾処理班が爆弾などの捜索をした。 この男性の名前やどの便に搭乗しようとしたかなどは明らかでない。 これにより400便に遅れが出た。

2002年3月4日

大雪で250便キャンセル

アメリカのシカゴ・オヘア国際空港とミッドウェイ空港、ダラス・フォートワース国際空港で合計250便以上がキャンセルされた。 これは金曜日頃から勢力を強めていた嵐の影響。

2002年2月18日

アメリカの空港警備は政府で

アメリカ政府は空港の警備を政府により運営する事などを決める航空運輸安全法を設立した。 これによりいままで約60社により行われていた空港の警備を運輸安全局という組織のもとで運営され警備のスタンダードが均一化されより安全になるという。 警備員のポジションは4万人あるがある専門家は今まで働いていたきちんと訓練されていない警備員を雇用したりするのではないかと疑問視している。 志望者は英語が読み書きできること高校卒業以上で40時間のクラスを受ける必要があるという。 今年の11月19日まではいままでの通りでいいというがすこしずつ新しい警備体制となっていく。

2002年2月14日

LAで乗客避難

ロサンゼルス国際空港の国際線ターミナルでプランターに不審な箱が見つかったためターミナルとその左右にあるアメリカン航空などが使用するターミナルの乗客らが避難した。 ロサンゼルスでは去年12月25日にも不審物が発見され乗客は避難している。 これはアメリカ政府がアメリカに対する新たなテロの危険性を注意したばかりだった。

2002年1月31日

サンフランシスコ空港閉鎖

サンフランシスコ国際空港で朝7時頃に手荷物検査をしていた警備員がある男性の靴に爆発物の残留物らしきものが残っていたことに気がついた。 しかしこの男性はこの後靴を返されセキュリティを無事通過した。 このため第3ターミナルは閉鎖され2000人から3000人が避難をした。 出発便の27便が遅れ到着便もゲートがないため待つこととなった。 この後男性は捜索されたが発見されなかった。 この男性の容姿は40才台で白人だったという。 ターミナルでは爆弾を発見する犬が隅々まで調べたが爆弾物などは発見されなかった。 乗客らは再検査を受けることとなった。 空港当局はなぜこの男性がセキュリティの通過を許可されたのかを調べるという。 

2002年1月8日

USで衛星着陸システム

アメリカの連邦航空局はワシントン・レーガン空港に衛星を利用した着陸システムを導入することを決めた。 これにより今まで着陸できなかった悪天候でも着陸できるようになるとともにアメリカ軍やCIAなどが飛行機の動きをより確実に追跡できるという利点がある。

2002年1月1日

ホノルル空港、閉鎖

ホノルル空港で警備員がX線検査でかばんの中に銃のようなものがあるに気がつき空港は2時間にわたり閉鎖された。 乗客ら3500人は再検査を受けた。 連邦航空局によるとこの警備員が見たものはコンピューターにより映し出されたもので警備員がきちんと気を配っているかを確認するためのものだったという。 しかし上司にこの状況を伝えるのが遅かったため、すでにこのかばんを所持していた男性を探したがはいなくなっていた。 その後この男性は発見され質問を受けたが乗る予定だった便に搭乗を許可された。

2001年12月28日

日本人、逮捕

アメリカン航空のマイアミ発シアトル行きの27便で日本人客がテロ以来のセキュリティ強化で遅いボーディング手続きに我慢できず”もしテロリストならこの航空機を爆発させる”と客室乗務員に言ったためパイロットはこの乗客を乗せての出発を拒否し警察によりこの男性は逮捕された。

2001年12月23日

レーガン空港に路線再就航

ワシントンのレーガンナショナル空港と42都市の間の路線がこれから3ヶ月の間に再就航することが決まった。 最終的には毎日620便、テロ以前の77パーセントの便数になる。 レーガンは国防総省、ホワイトハウスなどとの距離が近いためテロ以降3週間にわたり閉鎖されていた。 空港内には写真つきの身分証明を見せなくてはいけないセキュリティポイントが2箇所あり特別な防護ゲートが設置されている。 また航空機にはエアマーシャルが搭乗しており航空機は以前はポトマック川に沿って離陸&上昇していたところを滑走路から直線に飛行することを義務付けられた。

2001年12月20日

シャーロット空港、一時閉鎖

ノースカロライナ州のシャーロット国際空港で手荷物検査の機械の電源が入っていなかったことがわかり検査を終えゲートにいた乗客全員を再検査し、ゲートを離れた航空機もゲートに引き返し乗客らは再検査を受けた。 すでに離陸してしまった航空機は目的地で再検査を受けたといい一部の便は他の空港へダイバートした。 この影響でこの閉鎖後3時間のみで40便が動けなくなり6万人が再検査を受けた。

2001年11月24日

ピッツバーグでリアジェット事故

アメリカ・ピッツバーグでリアジェットが離陸滑走中に滑走路から外れフェンスに激突した。 この事故で乗員2人が死亡した。 この二人は激突の衝撃で死亡したのではなく、脱出しようとした際に煙を吸い込んだため死亡したという。 4つある滑走路のうち2つが閉鎖されたが運行に影響はなかった。

2001年11月23日

LAX利用者30パーセント減

10月にロサンゼルス国際空港を利用した乗客が28.83パーセント減となったことが明らかになった。 大きな影響を受けたのは国際線で国際線の利用客は34.33パーセント減となった。 去年の同時期の利用者は552万8千人で今年は393万4千人だった。 また貨物も18パーセント以上減少した。 さらに離発着数も去年の66,698回から19.24パーセント減の53,862回となった。 しかしテロ直後よりは利用者は増えているという。

2001年11月4日

SWのコンコースで避難

サウスウエスト航空のバルティモア国際空港で女性が警備体制をテストしようとした。 このためコンコースは3時間に渡り閉鎖された。  この女性は警備体制の甘さを伝えるためにこの行動に出たというが逮捕されたという。 アメリカではテロ以来このような行動がいくつかあり警備の甘さが露呈している。

2001年9月17日

ワシントン・レーガンは閉鎖

ワシントンのロナルド・レーガン・ナショナル空港は乗客を乗せいていない機体やプライベート機、軍用機や物資を運ぶ航空機の離陸を許可しているが民間機には許可を出していない。 また乗務員は厳しいチェックを受けており、航空機もワシントン市街上空を飛行しないように南へ離陸することを義務付けられている。 このため他の路線で利用するため乗客を乗せない航空機が次々と離陸しているという。 ワシントンのレーガン空港はホワイトハウスに近いため閉鎖されておりいつ再開するかなどはわからない。

2001年9月15日

ニューヨーク、再開

ニューヨークのケネディ、ニューアーク、ラガーディア国際空港は18時間ぶりに再開した。 これにはジョン・F・ケネディ国際空港でサウジアラビアのパスポートを所持した男性2人がハイジャックのあった日の航空券を出したため警察により逮捕されたためだが、この人たちはハイジャックに関係ないため釈放された。 警察が不信感を抱いたのはある男性が兄弟のパイロット証を出したため。 さらにこの人はハイジャック犯の手助けをした人がすんでいたボストンのアパートに住んでいるためだった。

2001年9月14日

JFK閉鎖

ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港でサウジアラビアのパスポートを所持した男性2人がハイジャックのあった日の航空券を出したため警察により逮捕された。 この男性はパイロットだといっていた。 アメリカの空港はテロ後閉鎖されたが現在は条件付で再開されている。 

2001年9月12日

カナダ空域閉鎖

カナダも空域を閉鎖した。 このため民間機は離着陸またはカナダ上空を飛行できない。 しかし救援のための航空機は離着陸可能。 カナダの航空会社はスケジュールの再編などをおこなっている。

2001年6月11日

ヒューストンで洪水

コンチネンタル航空のハブであるアメリカのヒューストン国際空港で金曜日からの大雨による洪水により空港への道路が遮断されコンチネンタル航空はすべての便を運休した。 土曜日には1000便を運休した。 またヒューストンへの便に乗らない場合もスタッフの不足などによりキャンセルがある可能性があるため乗客はコンチネンタル航空へ運行状況の確認をするように伝えられた。

2001年6月1日

空港に新システム

連邦航空局は開発費1億9千万米ドルの空港内運行安全システム(Airport Movement Area Safety System (Amass))を34の空港に導入することを政府から許可された。 このシステムは数年間にわたり開発されていたものでサンフランシスコとデトロイト空港で試用されていた。 滑走路上で2機が1マイル(1.6キロ)以内に接近すると管制官に音と画像で知らせるシステムだがすべての状況に対応しているわけではなく、パイロット、管制官などへの教育が最善だという。 アメリカでは混雑化により去年は429件のニアミスがあり、今年だけでも140件が報告されている。

2001年5月17日

ダラスでニアミス

テキサス州のダラス・フォートワース国際空港でアメリカン航空機と貨物機がニアミスを起こした。 アメリカン航空2394便(乗客乗員60人)は離陸を開始したが滑走路にF-100貨物機がいるのにパイロットがきがついた。 そのため規定離陸スピードに達するまえに機首上げをした。 このため衝突は避けられたがアメリカン機の車輪は貨物機の3メートル上を通過したという。 アメリカン機のパイロットは衝突したと思ったとう。 事故の原因は貨物機がハンガー(格納庫)から駐機場に移動する際に間違って滑走路に進入したため。 アメリカでは混雑が原因でニアミスが増加している傾向があるがこのような近距離事故はかなり珍しい。

2001年3月28日

アトランタが一番

最近発表された調査によると2000年の離発着数と乗客利用数でアトランタ・ハーツフィールド国際空港が一番になった。 91万5千便が離発着したという。 2位はシカゴ・オヘア国際空港。 アトランタの乗客利用数は8000万人で2位は同じくシカゴで7200万人。 成田は5600万人で6位だった。ちなみに去年1年間で世界中で飛行機を利用した総数は32億人で5,8パーセント増加した。

2001年3月18日

トラックが飛行機に激突

アトランタ国際空港で無人のトラックがデルタ航空の子会社アトランティック・サウスイースト航空のコミュター機にぶつかり作業員二人が重体になった。 原因はまだ不明。

2001年3月6日

アメリカ東海岸大雪で混乱

昨日アメリカ北西部の空港で大雪に見まわれたためキャンセルが相次いだ。 主な空港はニューヨークの3大空港、フィラデルフィア、ボストン、ワシントンなどで天気予報によるとこれからも大雪の可能性があり注意を呼びかけている。

2001年1月30日

シカゴ、嵐で混乱

シカゴ・オヘア空港はひょうを伴った嵐に見まわれ到着便が1時間から3時間遅れた。 またシカゴをハブとするユナイテッド航空の2224便のうち138便がキャンセルされた。

2001年1月22日

ケネディ空港、一時閉鎖

ニューヨークベースのジェットブルーのオンタリオ(カリフォルニア)発ニューヨーク行きの88便(A320、乗客乗員145人)がニューヨーク・ジョン・F・ケネディ空港で吹雪のなか着陸後に滑走路を逸脱しため空港が閉鎖された。 また吹雪のため多くの便に遅れが出た。

2001年1月14日

サンフランシスコ、嵐で混乱

サンフランシスコ国際空港はカリフォルニア州を襲った嵐の影響で少なくとも169便がキャンセルされた。

2001年1月2日

ニューヨーク、大雪で空港閉鎖

ニューヨークの主要3空港、ジョン・F・ケネディ、ニューアーク、ラガーディア空港が30日午前10時半に大雪のため閉鎖され、大混乱となった。 滑走路1本がJFKは同日夜6時、ニューアークは9時、ラガーディアは11時に離着陸を開始したが空港内は人があふれ、旅行客にはブランケットやまくらなどが手渡された。 各空港の降雪量は20センチ以上で1996年以来最悪の事態だった。 またアメリカン航空はJFKの全便、ラガーディアの多くの便をキャンセルしトランスワールド航空やデルタ航空はニューヨーク着の便を空港閉鎖前に欠航した。

2000年12月14日

ニューアークで強風の為遅延

ニューアーク国際空港で火曜強風が吹いた為3つあるうちの1つの滑走路しか使用出来ず1時間以上の遅れがでた。 風速は40ノット(時速70キロ以上)以上になった。 またニューヨークのラガーディア空港では風速が50ノットを超え100便以上の便がキャンセルされた。

2000年7月29日

ニューヨークの乗っ取り事件、解決

ニューヨーク国際空港でナショナル航空の航空機が乗っ取られパイロットとコパイロットが人質に取られた事件で犯人は警察側の説得に応じ逮捕され事件は解決した。

2000年7月28日

JFK空港で航空機乗っ取り

ニューヨーク国際空港でナショナル航空の航空機が乗っ取られパイロットとコパイロットが人質に取られた。 犯人はパイロットに銃を突きつけ"乗客を解放させろ"と要求乗客は解放された。 その後人質となっていたパイロットとコパイロットも解放された。 犯人はアルゼンチン政府の関係者と話をしたいなどの要求をしている。 機内には現在犯人のみの模様。

2000年7月1日

アラスカ航空機にトラック衝突

シアトル・タコマ国際空港に停まっていたアラスカ航空のMD-80の主翼にトラックが衝突した。 乗客などは乗っておらず怪我人はなかった。 しかし週末にこの機体が使えなくなる見込みで遅れなどの影響が予想される。

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